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-どのように変わったのですか。
「40年代の後半になって日本酒を飲む人が少なくなったんです。あと造り手の減少ですね。この頃から、杜氏自身も働きだしましたね。やはり、若い人達がビールやワインブームに影響されて、そっちの方を飲むようになったんですよ。造り手の減少は、農業の形態が変わったことが原因なんです。昔の農家は、春から秋にかけて田んぼを世話し、冬暇だということで酒造りを行えたんですよ。ところが、今の農家は冬でもビニールハウスなどで何か栽培するようになったから、年中勤めるようになって酒造りが出来ない状態になってしまったんです。このニつが原因で酒造りの形態を変えしまって、今では杜氏が一年間に50〜60人減少していると聞きます。」
-杜氏の後継者問題は、かなり深刻ですね。今後酒造りは、どのようなスタイルになっていくと思われますか。
「そうですね。実際、杜氏不在の蔵もありますからね。現地の蔵の若いスタッフで酒造りが行われていくのでねえかな。まだ、杜氏がいる蔵は、杜氏がスタッフに教えて誰が杜氏になるのではなく、グループ全体で酒を造るそんなスタイルになるのではないでしょうかねー。」
-若いスタッフですか。
「その人達がやらなきゃ困るわけですよ!ただ、若い人達は、理論はたくさん知っているんだけどねー。(笑)杜氏の仕事は、経験と感で行う部分があるから理屈で分かっていても良い酒は出来ない。その部分を若い人達に教えていくのが今後の課題でしょうねー。」
-小田中さん、毎年、酒造りを任されて不安になる時はないですか。
「あります!あります!ありますよ。造りの最中など夜、横になりながら酒が無事に醗酵しているか考えるんですよ。ちょっとタンクの様子を覗きに行くと上手く醗酵されていないタンクが中にはあってですね、夜中一人で温度調整したことがありましたー。毎日が不安ですよ。やっぱり、アルコール成分が出てくるまで心配ですね。だからー、私にとって酒造りは、毎年、毎年が一年生みたいなもんです。(笑)」
(2000年10月6日訪問 取材者 坂本貴男)
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